久しぶりに外に出たら

快晴で、タンポポ咲いてて春を感じました(*´Д`)

ちょうちょも舞ってたよ。

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家の中はあまり日当たりが良くないので、どこかでゆったり光合成したくなりますねw

なんだか、家の中に居ても日が当たる場所が欲しい。

さて。直近で見終わったアニメは、Fate zero。

Fateシリーズの基本を制覇するために見るのは

  • Fate/stay night(セイバールート)
  • Fate/stay night UNLIMITED BLADE WORKS(凛ルート)
  • Fate/stay night [Heaven’s Feel](桜ルート)
  • Fate zero(stay nightの主人公士郎の父にあたる切嗣が主人公。stay nightから10年前の話。元はゲームではなく小説)

 

なんですが、ヘブンズフィールは現在まだ3部作のラストが上映中のため

先にゼロを見終えました!(*´Д`)

小説版も機会があれば読んでみたい。

思ったより長くなってしまったので、ちょっと記事を分けますw

今回は主に主人公 切嗣という存在について。

興味ない方、ネタバレがイヤな人はこれより先は、見ても得しませんYO☆(*´Д`)

 

ゼロは・・・すごい話!(語彙)

誰も救われない・・・

かなり暗く激しくカッコよく・・・(笑)

ハードボイルドという印象がぴったり。

年齢制限は無かったと思うけど深夜枠アニメだった事もあり

ザックリ15禁くらいかな・・・という印象。

それぞれのキャラクターと関係性に無駄がないというか

それぞれに哲学があって、とっても魅力的に描かれている。

Fateシリーズを知らないという方は、ここから入ってみても面白いかもしれない。

Fateシリーズと言えば、「英霊」と「魔術師」がタッグを組んで聖杯を目指してバトルを繰り広げるというお話ですが

今回のZEROのキャラクターの中には快楽殺人、猟奇殺人を好むような存在までいて

なかなかにディープですが

「何故そうなったか」「何故そんな生き方を好むのか」というところまで触れられている部分もあって、なんというか憎めないというか

その経緯には清々しさすら感じるレベル。

そして主人公の衛宮切嗣ともう一人の対立するキャラクターとの対比

衛宮切嗣は世界平和を願う暗殺者。

対して、言峰綺礼は後に「この世すべての悪」の洗礼を受ける空虚な聖職者。

願いと立場がチグハグすぎるww

結果的には、聖杯自体が汚染されているせいで切嗣が破壊する運びになりますが

引き寄せ的には結構、的を射ていると感じていて

聖杯との対話で切嗣は「自分の中に無い願いはかなえられない」という回答を得ます。

切嗣は「世界の恒久的平和」を確かに望んではいたけれど

人間は戦争を繰り返す生き物。

そして、切嗣自身が殺人によってより多くを生かすという手段をとってきた。

「殺すべき人間がいなくなれば戦争など起こらない」という極論。

誰にでも善性と悪性があり、何をきっかけに悪性が顕れるかわからない。

なので、極論言ってしまうと

悪性を持たない人間などいない=人類全滅

という結果に見えなくもない。

しかも切嗣は自身を「正義の味方」

つまり、悪を淘汰するための兵器のように捉えているので

兵器が自身の幸せなど望むはずがなく

よって、自分の家族や身内のような存在さえ「他者の幸せ」を願うために殺してしまえたりする。

正義の定義自体が、善と悪によって分かたれている。

その定義に固執しすぎると自分が善で在り続けるために

「悪」を際限なく作り出す結果になってしまう。

これが二元性の性質。

だから切嗣は、正義の味方で在るために悪を殺し続けることになる。

泣く人がいない平和な世界を望んではいるけど

おそらく、切嗣自身は本当の意味での自分の幸せというものを考えた事はなく

それでも宇宙が叶えるのは根底にある願いなので

聖杯(宇宙)が切嗣の根底にある願いを究極的に叶えるとしたら

やはり破滅的な結果になるのではないかと思ってしまう。

宇宙は潜在意識と深くつながっているので

正しさの化身でしかない切嗣は自分の人間としての根本的な願いや欲望を深く知ろうとしない(むしろ避けている)ために深く傷つき屈折していると考えられるからです。

本当に世界平和を望むなら、まずは自分が幸せでなくてはならない。

そこがキレイに抜け落ちてしまっている。

聖杯で奇跡を叶えようとする前に、自分が満たされる必要があったということ。

満たされないから渇望して、渇望はさらなる渇望しか生まないから。

この辺はセイバーも同じで、精一杯「正義」を抱いて生きたにも関わらず

いつまでたっても満たされない。

それは自分が自分を満たせていないからで

あくまでも「他者のために」生きようとした結果。

確かに、こういう生き方って高潔で美しいんだけれども

よくよく見てみたら、本人たちは全然楽しそうじゃない。

そりゃそうですよね。

自分のために生きられてないんだから。

「正しさの奴隷」という言葉がありましたがその通りで

正しくさえ生きていれば満たされるというのは思い込みなんですよね。

その前に、人間らしい自分の欲を満たす必要があるわけです。

美味しいもの食べて、寝て、漫画読んで喧嘩して恋愛して

自分のために自分が喜びを与える。

そういう楽しみや喜びを堕落とか低俗とか思って「いけないこと」と捉えると

ズレていってしまったりする。

これを無視して「神のように」高潔に生きようとすると、大抵後悔する。

何故か満たされないし、内面が虚しいままだから。

ここで、対照的に「愉悦」に目覚めるのが言峰綺礼なわけですね(笑)

今回は対照的な人物像である言峰綺礼を交えて衛宮切嗣というキャラクターを考えてみました。

次回は、人間らしくて私が大好きなキャラについて書いてみようと思います!。

長々とお付き合い頂きありがとうございました!(*´Д`)